名古屋高等裁判所 昭和25年(う)1972号 判決
弁護人の控訴趣意第一点の要旨は、原判決は、罪とならない事実に付、刑罰法令の適用をした違法がある。即ち原判示事実は、被告人については、業務上横領罪は、成立しない。横領罪は、他人の物の占有者が不正に自己の物としてこれを領得するの意思を有し、その意思を外形の行為に表示して実行することによつて成立するものであるところ、
(1) 本件の肥料は、果して被告人が原審相被告人坂倉伊十郎、位田統一と共に占有していたか否か頗る疑問がある。本件肥料の受入、配給保管の責任者は、原判示組合の肥料係門脇和夫である。同人が、肥料倉庫の鍵等を保管し、組合長坂倉伊十郎は、右門脇を指揮監督していたに過ぎない。被告人等は、右肥料の保管の責任者ではない。従つて、この点においても、被告人に横領罪又は業務上横領罪は成立しない。
(2) 本件肥料が他人の物であるかどうかについても明らかにされていない。原判決は、「農家に配給すべく業務上保管中」の肥料を売却したと判示しているが、右肥料が何人の所有なりや明らかにしていない。検察官は、本件肥料を肥料配給公団又は農家の所有に属するものとし、原判示組合は、単にこれを預り保管しているものと思料していたのである。然るに証人大森定男(肥料配給公団四日市支所長)の供述によつて明らかなように、公団より引渡を受けた肥料は、その代金を支払えば、原判示組合の所有に帰するものであり、このことは、肥料配給公団令第十五条に、公団の業務として、物価庁の定める価格による肥料の一手買取及び一手売渡という文言が使用されて居り、更に肥料配給規則第六条に、業者指定を受けた者は、肥料配給公団から譲り受けた肥料を自己の購入登録農業者に直接販売しなければならぬと規定し、而して、原判示組合は、同規則第四条により、肥料販売業者に指定せられているのである。果して然らば、本件肥料の所有者は、原判示組合であつて、被告人は、右組合の代表機関として、右肥料を売却したのであるから、この点についても被告人に対し、業務上横領罪は成立しない。
(3) 被告人については、本件肥料を不正に自己の物として領得する意思はない。本件肥料を売却した動機目的は、本件農業協同組合に負債があり、組合の運営費、職員の待遇改善、厚生費等の支出に窮し、これが費用に充当するため、右肥料を売却したものであつて、被告人がこれを領得したのではない。而して、右肥料の売却代金は、総て原判示組合の収入となつていることが明らかであるから、被告人に業務上横領罪は成立しない。右肥料売却について、原判示組合の理事会の決議又は同意を得ず、登録農業者以外の者に売却した点は、肥料配給規則に違反し、価格の点につき、物価統制令に違反し、原判示組合の代表者としてその任務に背いた非難はあるけれども、右肥料を横領したものと見ることはできないと謂い、
同第二点の要旨は、原判決は、判決に影響すること明らかな事実の誤認がある。即ち本件肥料の保管責任者は、前記の通り、組合肥料係門脇和夫であつて、被告人ではない。又原審相被告人坂倉伊十郎又は位田統一でもない。従つて、門脇と共謀ならば、横領の犯罪を為すことができるけれども、同人を除外した者の間では、横領罪を構成しない右のように原判決が被告人等に保管の責任があるとしたのは、事実誤認であると謂うにある。
よつて案ずるに、横領罪又は業務上横領罪が成立するには、自己の占有する他人の物を自己に領得する意思を以て、費消、着服等の権限外の処分をすることを要することは、所論の通りである。而して本件肥料が何人に属していたかどうかについては、原判決は「鵜川原村農家に配給すべき硝安七十俵及び過燐酸二十俵」と記載しているだけで、これを明確にしていないが、被告人個人以外の物であつたことは、原判決を通読することによつて、これを推知することができる。一般に横領罪又は業務上横領罪を認定するには、被告人以外の他人の物を横領したことが明らかにされていれば、それで十分で、その他人が何人であるかを確定することを要しないけれども、その他人と被告人との関係において、被告人にその占有物処分の代理権限がある場合には、特にその他人を明確にしておかねば、被告人に横領又は業務上横領の責任があるかどうか不明となる。若し、被告人において、占有物の処分権限がある場合、その権限を利用して他人に損害を与えたときは、横領罪でなくて、背任罪を構成するものと解すべきものである。本件においてこれを見るに、原判決は、被告人は、三重県三重郡鵜川原村農業協同組合の専務理事にして、同組合に関する全般に亘る業務の指揮監督をする同組合長坂倉伊十郎の下にあつて、職員の指導監督を為し、組合長を補佐する者であるが、その在職中、同組合金融主任位田統一と共謀の上、前記肥料を売却したと認定しているから、若し右肥料が右組合所有の物であれば、これを保管し又は売却するものは、組合長及び被告人の権限に属することであるので、単に売却したと認定しただけでは、横領とならない。而して本件記録を調べて見るに、本件肥料は、原判示鵜川原村の農業会が、同村の農業者に配給すべく、肥料配給公団から譲り受け、これを農業者に配給した残りの余剰品であつて、右農業会が解散し、原判示農業協同組合に改組されるに際し、右組合に、事実上引き継がれたものである。そして右肥料は、被告人が右組合の専務理事に在職当時においては、同組合の肥料係門脇和夫が直接の係員として倉庫の鍵を預り現実に保管していたが、被告人は組合長坂倉伊十郎を補佐し右門脇を職務上指揮監督していたものであるから、被告人において、右組合長と共に右肥料を占有保管していたものと認めることができる。この肥料保管占有の点については、原判決には判決に影響すること明らかな事実誤認はない。然し、右肥料は肥料配給規則の各規定並に証第一号の契約書の記載その他原審が取り調べた証拠を綜合して考えると、肥料配給公団から指定業者である農業団体(鵜川原村農業会)に販売せられたもので、右農業会又はその後身である農業協同組合は、登録農業者に必ず右肥料を、統制額の範囲内で、販売しなければならないものとせられているから、原判示農業協同組合の倉庫に保管してあつた本件肥料は、登録農業者に販売すべきことを義務づけられていたものであるが、右販売まで、右肥料は右組合の所有に属していたものと解することができる。果して然らば被告人が右組合長坂倉伊十郎等と共謀の上、右肥料を売却したのは、自己の権限に基いて売却したもので、横領と解することはできない。原判決が横領としたのは業務上横領罪とならない事実に、該当法条を適用した違法があるか又は、横領罪とするには、審理不尽に基く理由不備があることになる。更に横領罪を構成するには、犯人において、自己のため領得する意思の下に他人の物を処分することを要するが、原審が取り調べた証拠によれば、被告人等が売却した肥料代金は、すべて、原判示農業協同組合の収入となり、組合の運営費、職員の待遇費等に充当されたことが認められるから、被告人に領得の意思があつたと認めることも、又組合に損害をかけたと認めることも困難である。従つて、この点について、被告人が本件肥料を横領したと認定するには、その理由が十分でない。然るに、被告人等は、右肥料を登録農業者以外の者に肥料を売却することを禁止されているのに、何等正当の理由なく統制額を超えてこれを売却したものであり、且つ組合の理事会又は組合員総会の決議を経ずして売却したものであるから、自己の職権を濫用してその任務に背いたもので背任罪を構成する疑いがあり更に物価統制令及び肥料配給規則に違反したことになる。然し背任罪とするには、「自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加えた」ことを要するが、被告人が原判示組合に損害を加えなかつたことは前記の通りであり、組合員である農業者に損害を加えたかどうか本件記録では不明である。よつて本件事案としては、背任罪に該当する事実があれば、よろしく訴因の変更を命ずべきであるし、更に被告人の所為が物価統制令及び肥料配給規則に違反するとしても、本件によつて訴因変更することによつて処断し得るかどうかも審究し、事案を処理すべきである。右説明の通り、本件は、業務上横領罪とするには、理由不備であるので、原判決は、破棄を免れない。論旨第一点は理由がある。